「みんなで考えよう! 遺伝性乳がん卵巣がん」
を開催しました。
シリーズ第3回目となった今回の市民公開講座は、患者さんや県内のがん患者会3団体、がん患者会ネットワーク香川事務局も参加し、活発な質疑応答が繰り広げられるなど、回を重ねることにより双方向型・市民参加型の講座になってきました。参加できなかった皆様にもぜひ内容を知っていただきたく当日の様子をご紹介させていただきます。
がんと遺伝について
河内正光院長による開会の挨拶に続き、まず初めに、札幌医科大学医学部遺伝医学教授の櫻井晃洋先生より、「がんと遺伝について」の基礎知識を分かりやすく解説頂きました。
がんは「遺伝子」の病気であること、がんを抑制する遺伝子の機能が失われたり、がん遺伝子の機能が強まったりして発症すること、生まれた後で細胞内の遺伝子が変化しがん化する「非遺伝性のがん」は、変化した遺伝子が存在するのはがん細胞だけであるが、生まれつき遺伝的な特徴で、がんができやすい体質になる「遺伝性のがん」は、その特徴を持った遺伝子が全身の細胞に存在することなどを、一つひとつ説明されました。
櫻井晃洋先生
自分の遺伝的な特徴を知ることで、どこに注意を向けなければならないのか、どういう手を先に打つことで将来の健康を手に入れられるのかということをお伝えしたい。
遺伝性乳がん卵巣がん当事者より「乳がん発症から卵巣がん発見まで」
続いて、遺伝性乳がん卵巣がん当事者会NPO法人クラヴィスアルクス理事長、一般社団法人ゲノム医療当事者団体連合会代表理事の太宰牧子様が「乳がん発症から卵巣がん発見まで」と題し、ご自身の経験をもとに、ご家族とのエピソードや治療のこと、当事者会を立ち上げた経緯、患者・市民参画の大切さなど今必要な取り組みのことまで多岐に渡りお話しくださいました。
太宰様はがんの治療が続く中、最近のテレビや新聞でも報道されているとおり、遺伝性のがんの当事者として赤裸々に語り、同じがん患者さんを励ますだけでなく、現在の医療における課題を指摘し、そして未来に向かっての希望と取り組みを余すところなく力一杯お話しされました。
講演の冒頭で流れた取材映像を観て、参加者の方の中には思わずグッときて涙ぐむ方もいらっしゃいました。映像の中には、当事者の一人として、国への要望を行うなどの活動を続けて来られた姿もありました。
本年4月からは、遺伝性乳がん卵巣がん発症者の再発防止のためのリスク低減手術(予防的切除手術)や検査など、一部が保険適用になるなど国を挙げての取り組みが進みつつありますが、一方で未発症者や遺伝子変異を持った家族のリスク低減手術、検査などは自費診療であり、今後に課題を残しています。
太宰様は、差別禁止、心理的支援、経済的支援、遺伝教育、情報共有など、それぞれの分野の専門家と現実に抱えている問題や課題について検討し、当事者だけではなく、力を合わせて社会を変えて行くことが必要であることを会場に語りかけました。
太宰牧子様
お父さんに似ているね。お母さんに似ているね。これと同じように病気になりやすい体質も似るということもご家庭で楽しく話して欲しい。ちゃんと伝えれば分かるんです。それを伝えることができないなら遺伝医療なんかいらない。自分の体質を知り、がんのなりやすさを知る。そしてリスクを軽減する対策があることを知っていただきたい。
遺伝カウンセリングってなに?遺伝子検査はうけたほうがいい?
後半、兵庫県立がんセンターの浦川優作認定遺伝カウンセラーは、「遺伝カウンセリングってなに?遺伝子検査はうけたほうがいい?」と題し、遺伝カウンセリングではどのようなことをするのか、家族歴、遺伝子検査のこと、遺伝的な背景を知ることで対策をとることができること、遺伝かどうかを知ることや遺伝子検査について相談できる場所があることなどを丁寧に説明されました。
遺伝カウンセリングでは、遺伝に関わる悩みや不安、疑問を持たれている方々に、科学的根拠に基づく正確な医学的情報を分かりやすく伝える、適切な情報提供を行い、問題点の整理をし、今後について一緒に考えて行きます。遺伝カウンセリングの流れや家系図の例を示しながら実際に行う具体的な内容を教えてくださいました。
浦川優作様
遺伝性のがんは、ある程度なりやすい特定の臓器の組合せが決まっている。そういうことを知って目の細かい検診やリスク低減手術などの適切な対応を取れることが自分の遺伝を知るメリットでもある。
せとうち地域医療を見据えた遺伝性腫瘍への対応
そして、当院、香川県立中央病院がんゲノム医療センターディレクターで、岡山大学臨床遺伝子診療科教授の平沢晃先生による「せとうち地域医療を見据えた遺伝性腫瘍への対応」についてのお話しがありました。
遺伝性のがんを知るメリットは、本人のがん予防、血縁者のがん予防、がんを発症している人では治療法の選択や他の部位に発症する二次がんの予防など。乳がん卵巣がんの発症リスクが高いBRCA1又はBRCA2の遺伝子の病的バリアント(変異)を保持している人は約400人に1人といわれており、計算上は香川県内でも約2,500人の方が該当すると推定されます。遺伝情報は当事者と家族、医療者、地域や医療圏、更には国際的に共有することが大切で、これらの推定2,500人のBRCA1又はBRCA2の香川県民に声を届けることが大事であると、参加者の皆様に伝えました。
平沢晃先生
遺伝情報は血縁者で共有していること、家族の問題、家系の問題、そして地域の問題として考えていただきたい。遺伝情報について地域で暮らす人々が家庭や地域で話し合うことで、せとうち地域のがん予防に繋げて行くことが大事である。
質疑応答(公開質問)
県内で活動している各がん患者会の紹介コーナーを挟み、プログラムの最後の質疑応答では、検査の費用がどれくらいかかるのか、遺伝性がんが疑われた時、どこまでの範囲の家族を検査対象とすればいいのか、保険適用対象外でリスク低減手術を行い、術後の検査で切除した組織からがん細胞が見つかった場合は結果的に保険適用対象となるのかなどの具体的な質問があり、患者会の方や参加者の方など会場の皆さんと直接制度を説明したり、意見を交わしたりしながら理解を深めて行きました。
地域の患者会の皆さんを交えた熱い討論が繰り広げられました。
「今回、公開質問という形で直接対話ができたことには進歩があった。この会は市民の参画により、いつかは公開講座ではなくてワークショップという形で一緒になっていろいろと考えられるようにしていきたい。」
今回の市民公開講座は参加者が100人を超え、盛況のうちに幕を閉じました。ご参加くださった皆様はもとより、広く地域の皆様方にとって、今後も涙と笑いと希望に溢れた時間を共有できる場になって行くことを目指し、続けて行きたいと思います。
熱心に話に耳を傾け、共に考え、意見を交わしてくださった参加の皆様方、香川に新しい風を吹き込んでくださった講演者の皆様方に感謝申し上げます。
(※本市民公開講座は、当院と厚生労働科学研究費補助金がん対策推進総合研究事業「ゲノム情報を活用した遺伝性乳癌卵巣癌診療の標準化と先制医療実装に向けたエビデンス構築に関する研究」班との共同主催、岡山大学大学院医歯薬学研究科病態制御科学専攻腫瘍制御学講座(臨床遺伝子医療学分野)との共催により開催しました。)