三叉神経痛
顔や歯の激しい痛み:それは三叉神経痛かも
顔の皮膚と、口の中の粘膜、歯と歯茎の感覚を司る神経が「三叉神経」です。このエリアのどこかに、びりっとくるような瞬間的な激痛をおこす病気が三叉神経痛です。痛みが激しくなると食事がとれなくなったりすることがあり、日常生活に支障をきたします。
症状にはいくつかの特徴があります。
- 顔面の表面を刺すような、あるいは電気が走るような、するどく激しい痛み
- 発作的で、一瞬(数分の1秒)の痛み (長くても2分ほどしか持続しない)
- 痛み発作のないときは全く無症状で、その他の脳神経症状を伴わない
- きっかけになる動作(トリガー)がある:食事、歯磨き、髭剃り、化粧、洗顔、など
- それぞれの患者さんごとに定型化した症状:同じ症状のくりかえし、一定の部位、決まったトリガー
- カルバマゼピンの内服が有効(診断的治療)
こんな症状があったら三叉神経痛を疑います
- 歯を磨くと歯に激痛が走る
- お化粧をすると顔が痛い
- 洗顔すると顔が痛い
- 食事をすると歯が痛い
- 顔の特定の部位を触ると痛みが走る
- ひげをそると顔が痛い
最初のうちは、痛みの程度も弱く、起こる頻度も少ないかもしれませんが、しだいに痛みの強さと、発作がおこる回数は増していきます。どうしてこんな痛みがおこるのか、原因がわからず、病院でどの科で相談すればよいかもわからず、何年も我慢している患者さんがたくさんいらっしゃいます。
また、歯が痛くて歯科を受診したが、歯には虫歯もなにも異常がないと言われ、原因不明のまま途方に暮れている患者さんもおられます。
もし、上記のような症状にあてはまるようであれば、三叉神経痛の可能性を疑って、脳神経外科を受診してください。
原因
三叉神経とは、顔の感覚を脳に伝える末梢神経のひとつです。
皮膚にくまなく分布して、軽くさわった感じ(触覚)、痛み(痛覚)、熱い冷たい(温度覚)などの感覚情報のセンサーです。おおまかにいうと、みつまた(三叉)に分かれて、目から上のおでこ、目と口の間のほっぺた、口から下のあごのあたりの3つの領域に分布しています。3本の枝は脳にはいる手前で1本にまとまり、脳幹というところで中枢神経に入ります。そして大脳に接続され、そこで痛い、熱い、気持ちよいなどの感覚として感じられます。
(メモ:大脳、脳幹、小脳、脊髄を中枢神経と呼びます。対して、そこから先の全身に分布する枝の神経を「末梢神経」と呼びます)
三叉神経痛の原因は、ほとんどの場合、三叉神経に自分自身の正常な動脈が接触するためです。 動脈は心臓からドクドクと送り出される血流により拍動しています。 その拍動が神経を刺激し続けると、神経を覆っている細胞が痛んで、そこで電気のショートのような現象がおきます。 そのために、顔面に軽い刺激が加わっただけで、それが増幅されて激しい痛みとして感じられるようになります。
手術により原因となっている動脈を神経から外しているところです。 三叉神経の向こう側から、動脈が接触しているのがわかります。この血管を移動させて神経に接触しないようにすれば、激しい痛みから解放されます。
原因として、動脈による圧迫以外に、まれに脳腫瘍や異常な血管(脳動脈瘤、動静脈奇形、静脈血管腫など)による三叉神経の圧迫があります。 脳腫瘍がある場合には、持続的な顔の感覚低下や、聴力低下、複視(ものが二重に見える)などの、ほかの脳神経症状を伴うことがあります。
なるほど!
どうして、自分の血管が自分を痛めつけるの?
頭蓋骨の中には、大脳をはじめたくさんの神経と、それを栄養する動脈がたくさん走行しています。 ですから、動脈と脳神経は非常に近接した状態でクロスしています。 まるでコンピューターの裏側のケーブルのように。動脈は、もともとはすらっとしていて、 最短距離で目的の場所へ血液を送っていますが、動脈硬化がおこると、動脈はだんだん延びてきて、 グニャグニャと蛇行するようになります。そうすると、ねじ曲がった動脈が神経にあたるようになることがあります。 そのあたりの先が三叉神経だと三叉神経痛をおこすことになるのです。
つまり、動脈硬化が原因で、さらにその原因は、加齢意外に、高血圧、糖尿病、高脂血症など生活習慣病です。 生活習慣病の予防と治療は、万病を予防するために大切ですね。
血管が三叉神経のどこにあたっても激痛がおこるわけではありません。 神経が脳幹から出る根もとのあたりに接触した場合のみ発生します。それは、この場所の神経線維を保護する細胞の層が薄いためです。
神経は電線の束のようなもので、三叉神経の中には多数の神経線維があります。 1本1本の神経線維は漏電を防ぐために絶縁体の役割をする細胞で被覆され保護されています。 感覚神経線維は皮膚から発して三叉神経という束にまとまり、脳幹に入り、そして大脳に至ります。 三叉神経はシュワン細胞という細胞によって被覆されています。一方、脳幹の中はオリゴデンドロサイトという細胞に被覆されています。 三叉神経の根元は、この2種類の細胞の移行部位になります。そのために、もともと被覆が薄いのです。 ちょうどそこに動脈があたって長年にわたり拍動で刺激し続けると、被覆している細胞が弱ってしまい、漏電がおこりやすくなります。 そうすると、顔をなでるような軽い触覚の信号が、隣の痛みの神経に乗り移り、大脳に強い痛み信号として伝わります。 まるで、くつずれで皮膚の皮がむけて痛くてたまらない状態と似てますね。
診断
三叉神経痛は、顔のゆがみも、手足の麻痺も、言語障害もおこしませんので、他人にわかる見た目の症状はないので、 身体所見で診断することはできませんが、患者さんから聴取する特徴的な症状で診断できます。
MRIやCTなどの断層撮影検査により、どの動脈が神経に接触しているかを見つけることができます。
更に、画像の再構成により3D画像を作成すると、どの血管がどの方向から接触しているかが、より詳細にわかります。
MRIとCT画像をもとに作成した3D画像。三叉神経の向こう側に動脈が接触しているのがわかります。 このような3D画像は特殊なソフトウェアを用いて作成することができ、治療計画をたてるのに有用です。
脳腫瘍があれば、画像検査ではっきりと写ってきます。場所と形などの特徴から腫瘍の種類もおおよそ推測できます。
三叉神経の近くに発生した大きな脳腫瘍。左は類上皮腫、右は聴神経鞘腫。三叉神経(赤い矢印)を強く圧迫してねじ曲げています。 左の類上皮腫の患者さんでは、三叉神経痛以外に、持続的な顔面の感覚低下を伴っていました。右の聴神経鞘腫の患者さんでは、左の聴力低下を伴っていました。
治療法
治療法はいくつかありますが、痛みがどの程度生活に影響しているかによって、患者さんと相談のうえで治療法を選択していきます。 薬物療法やブロック療法は、比較的負担の少ない治療法ですから行いやすいのですが、 痛みの発生原因を解決する根本的な治療法ではないので、効果には個人差があります。 治療効果があがらず、生活に支障をきたすようであれば、手術による根本的な治療をおすすめします。
いつ、どの治療法を選択するか、いろいろな治療法についてよく聞いてから選択するのがよいでしょう。
1.薬物療法
カルバマゼピン(薬品名テグレトール)がよく効きます。
逆に、効かなければ三叉神経痛ではない可能性が高いと言えます(診断的治療)。 多くの患者さんは、まずこのお薬を試してみて、量の調整をしながら、痛みをコントロールすることができます。 このお薬は神経を軽く麻痺させる効果をもっていて、副作用として、眠気、ふらつきなどがおこります。
そこで、副作用を軽くするために、最初は少量からはじめて少しずつ増やしていき、痛みを抑えることができる最小限の量に調整していきます。
注意点としては、眠気やふらつきの副作用のほかに、アレルギーがあります。 じんましんなどのアレルギー症状がおこってしまったら、二度と内服できません。 そのまま続けて飲むと、命に関わるショック症状をおこす危険性があります。 その他のお薬として、バルプロ酸ナトリウム、フェニトインなどがありますが、カルバマゼピンに比べると有効率は低いようです。
2.ブロック療法
三叉神経を麻痺させてしまうことによって、痛みを抑えることができます。 麻痺させる方法としては、局所麻酔薬の注射、アルコール注射、加熱による焼灼などがあります。
この治療法は、お薬の内服についで身体的負担の少ない方法ですが、最もおおきな問題点は、 感覚神経自体を障害あるいは切断してしまうので、治療後はずっと顔の感覚が鈍くなるという副作用です。
一度、障害された神経はもとにもどることはありません。また、障害された部位が新たな痛みの原因になることもあります。
3.手術 「微小血管減圧術」
痛みの発生原因となっている神経の圧迫をとるための手術を行います。もちろん保険適応の治療です。
有効率は80~90%と言われます。開頭手術ですので、その他の治療に比べると身体的侵襲は大きく、 神経障害などのリスクはあります。
ただし、最近の顕微鏡下での精度の高い手術では、合併症のリスクは非常に低くなっています。 当院の治療成績は90%以上の有効率です。有効率が高い理由は、正確な診断のもとに、確実で再発率の少ない手法を用いているからです。
実際には、全身麻酔で、耳のうしろの髪の毛のはえ際あたりを切開して、頭蓋骨に小さな穴をあけて、 そこから約5センチ奥の三叉神経を顕微鏡で覗き、接触している血管を外す手術を行います。
三叉神経痛に対する手術のことを「微小血管減圧術」と呼びます。神経にあたっている動脈を外して移動させて、 二度と神経にあたらないようにします。
左の図で三叉神経に接触している動脈は、右の図のように移動して固定されています。
動脈も腫瘍も神経に当たっていなかったら手術で治らないのか?
典型的な三叉神経痛の症状を呈していながら、MRI撮影をしても原因となる動脈の接触もないし、腫瘍もないという患者さんがおられます。なかには、三叉神経痛と診断されテグレトールが有効ながらも、副作用のために手術を希望したが、主治医から手術はできないと告げられた方もおられます。
このような方は、本当に手術で治せないのでしょうか?結論から言いますと、治る人がいます。
三叉神経痛の主たる原因は、動脈による圧迫と書きましたが、それ以外に、神経のねじれや静脈の接触などがあります。このような動脈圧迫のない三叉神経痛は、3〜10%あるといわれます(腫瘍などの病変があるものを除く)。
手術では、三叉神経の走行をよく観察して、その周囲にあるくも膜の癒着や静脈の癒着をすべてはがします。そうすると、神経のねじれがとれて、三叉神経痛は治ります。
図の説明:左側の写真で、三叉神経の脇にくも膜の線維の癒着がみえます(矢印)。これにより神経は牽引されて湾曲していました。右の図は、くも膜をすべて切断してきれいにしたところです。神経を引っ張るものは何もなくなり、神経の走行がまっすぐになっています。
4.放射線治療
三叉神経の根本に、一点集中で放射線を照射(定位照射)することにより痛みが緩和されます。 有効率は50〜70%と言われます。定位照射の方法はいくつかありますが、現在保健適応となっているのはガンマナイフという照射方法のみです。
放射線は、正常な細胞に対して悪い影響も与えますから、この選択肢は最終手段といっていいでしょう。 お薬が効かない、副作用でお薬が飲めない、高齢あるいは全身状態が不良で手術ができない、手術をしたけれども治らなかった、というような患者さんが適応になります。